母は毎日のように父がどれだけ酷い人か、私に愚痴り、同意を求めた。

しかし、時々、思いついたかのように、父がどれだけ私のために献身的なのかを語り、お父さんに感謝しなさい、と言った。



母は、私が父に逆らうと母が酷い目にあうと言って、私が父に逆らったり意見したりするのを遮った。

でも時々、「お父さんにお母さんを大切にしてってあなたから言ってちょうだい。」と私にせがんだ。



今から思えば、矛盾。



でも、母の言ってることには一貫性があって、私が悪いから、私の努力が足りないから母を理解できないのだ、母を幸せにできないのだと思ってきた。



この間、母にこの矛盾を指摘してみた。



母は「そうね、お母さん、その時思ったことをそのまま言ってるだけで、実は何も、深く考えちゃいないのよ。」と言った。



なーんだ、と気が抜けた。



わかってはいたかもだけど、どこかで、母は一貫性のある人間だと、期待し続けていたかったのかもしれない。



「乳と卵」という母娘関係を扱った小説を読んだ。



そこで娘は母親に「ほんまのことをいうてや」としぼりだすような声で言う。



「ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで。」と母親。



なんだか、似ているな、と思った。



母親への期待を手放し、母親を矛盾も普通にある一個の人間として捉えられたとき、何か深い部分に動きが出るのかもしれないと思った。



「乳と卵」の母娘も、そんな予感を感じさせた。




       




一悟術ホームページに書いたコラム「「母親の愚痴がしんどい」そんな親子関係の裏にひそむ共依存とは」が着々とアクセス数を伸ばしてるよう。


母娘関係は共依存になりやすいよね。

同じ女性としての肉体を持ってるから、一体化しやすい。


親子関係が与える影響について興味があったら読んでみて。

https://www.ichigojyutsu.com/parent-child-relationship/kyouizon/



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神宮前のカフェでまたもやボンソイラテ